村上泰賢氏の「わが国産業革命のはじまり」131-日本産業革命の地・横須賀造船所―
小栗上野介忠順伝 本源は常陸の小栗家
長いこと横須賀造船所について書いてきたが、NHKが再来年の大河ドラマで小栗上野介を主人公とするとの発表もあって、横須賀造船所を建設するなど幕末日本の近代化に努力した小栗上野介の人物業績についてもっと知りたい、という要望が寄せられているのでこれから視点を小栗上野介に移して書くこととする。
旗本小栗家は安祥(あんじょう)譜代の名門旗本である。徳川家が安祥城(愛知県安城市)に基盤を築き始めた頃からの家臣を「安祥譜代」と言い、誇りを持って「德川家の旗の本を守る=旗本」の家柄である。その小栗家をさらに遡ると、本源は常陸の国小栗郷(いま茨城県筑西市小栗)の桓武平氏系平繁盛から5代後の小栗重家を遠祖とするという。
いま筑西市小栗の郷を訪ねると、平野の田んぼからおよそ100mほど一気に盛り上がった小山が小栗城の城趾で、栃木から流れてきた小貝川が近くを流れているから、元はぐるりと川が山の裾をめぐって自然の堀を形成していたと推測できる。城趾はほとんど雑木に覆われていて、石垣は見られず、掘り込んだ地形や、残っている堀や土手から、初期の山城の形態であったことがわかる。
康正元年(1455)常陸小栗氏は本家の城主小栗助重が足利成氏によって滅ぼされる。その助重より4代前に遡った小栗氏重の時代に、足利尊氏に属して功績があったので、氏重の三男重弘が三河に采地を得て三河国筒針(岡崎市)に定着し、しだいに松平家と縁を結んで譜代旗本となっていった。
そうした経緯は小栗家の家紋にも現れていて、小栗上野介家の家紋「丸に立浪」は、本源の筑西市小栗に行くと見かける遠祖の家紋をアレンジしたらしいとわかる。
本紙2695号(2025年8月27日付)掲載
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