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村上泰賢氏の「わが国産業革命のはじまり」101 -日本産業革命の地・横須賀造船所―

 クレーン 「一覧図」左、3つのドックの西の岸壁に「グレー」と書かれた30㌧クレーンがある。

 標高45mの白仙山をどかして掘ったドックの隣に設置され、搬入搬出の機械類をこれで陸揚げ・船積みした。オランダ製で通称「スワンネック・白鳥の首」といったというが、どこかで「クレインcrane鶴」に変わったらしい。パソコンの「マウス(鼠)」と共通する動物連想の命名だ。

 写真や絵図で円形ハンドルが2つ見える。そばに蒸気機関の小屋がないから手動式とわかる。一つのハンドルで重い荷を船から引き揚げ、もう一つのハンドルで左右に回転させて陸揚げしたのだろう。昭和30年代に米軍基地から不要撤去となって、大蔵省から保存するなら譲ると横須賀市に打診があったが、市では戦後間もなくのことでゆとりがなかったのか断ってしまったから「たぶんスクラップになった…」という。保存していれば「日本産業革命の地・横須賀造船所」を物語る大事な遺産の一つになっていたろう。惜しかった。
 
 もう一つ「一覧図」中央下部に台船に載った「グレー」がある。『横須賀造船所』の編著者長浜つぐお氏によると1867慶応三年頃にクレーンの部分だけ輸入し、横須賀製鉄所で製造した台船にセットした「浮起重機」だという。それがなんと昭和20年代まで残っていた写真を見た人がいるという。岸壁基台に設置された30㌧クレーンはその場所でしか陸揚げできないが、台船式は移動可能だから少し軽い荷なら自由に動いて陸揚げでき、便利だから残されていたらしい。

 この他に明治20年になるとスチーム式「60㌧ジブクレーン」が、スワンネックの隣に設置された。蒸気機関の力で稼働するので能率が良いから、次第にこちらが主力になっていった。
 
 最後は、一覧図にない「ガントリークレーン」。巨大なコタツヤグラのような鉄骨の箱状クレーンの下で造船し、必要資材はヤグラ上部の鉄骨レールを前後左右に移動して運び、吊り降ろしした。戦後造船をしなくなって撤去された。

本紙2605号(2023年2月27日付)掲載





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