「カルパッチョとは」
日本人には刺身文化があり、魚の生食は一般化、日常化しているが、肉の生食には積極的では無く、ここ10年のうちにその生食でさえも困難になってきた。自分は年に数回イタリアに行っているが、楽しみの1つとして肉の生食が挙げられる。あちらでは堂々とまかり通っている食習慣だ。すなわち自己責任が当たり前のお国柄なのだ。トリノのあるピエモンテ州に行けば牛の生肉のタルタルが有名で、また、ヴェネツィアはカルパッチョ発祥の地だ。
ところでそもそも「カルパッチョ」とは生の牛肉で作った料理が本流だということはご存知だろうか?
ヴェネツィアのリストランテの老舗に「ハリーズ・バー」という店がある。その店の歴史は古く、とにかく安くない店なのだが、二階の窓際のコーナーの席はかつてアーネスト・ヘミングウェイが好んだ席で、そこに座ると目の前にヴェネツィア湾が広がる。カルパッチョはこの店で誕生した。
生の牛肉を薄く叩いてからお皿にひろげ、上からトマトマヨネーズのようなオーロラソースを縦横無尽にかける。真っ赤な肉の色と朱オレンジのソースの色とのコントラストが、ヴェネツィア派の画家であるヴィットーレ・カルパッチョの描く赤色使いと似ていた事から料理名になった。すなわち本来の定義は赤い色使いこそがポイントなのである。
ところが1980年代にイタリアで修行した日本人料理人達が帰国して日本の刺身を洋風にアレンジしたところから「和製カルパッチョ」の誕生となった。赤い色使いをしなくとも、新鮮な生の鮮魚にエクストラ・ヴァージンオイルやレモンを絞ったそのお皿は、瞬く間に日本人の舌をとらえ広まっていったのである。
面白いのは、その当時のイタリアでは漁師町以外では魚を生食することは無く、全くイタリアで受け入れられない料理を日本で始めた事である。
そしてその後に転機がやってくる。イタリアにおける(世界的にも)寿司ブームだ。その頃から来日するイタリア人達は眠い目をこすりながら築地に足を運ぶようになる。寿司の広がりが彼らに影響を与えたのは言うまでもない。魚の生食に抵抗を示さなくなった。気が付くと、魚の「カルパッチョ」も日本からイタリアに逆輸入されてしまう事となり、今やイタリア人でさえ、生の魚であっても、また、赤い色使いでなくても「カルパッチョ」と呼ぶようになってきた。
本紙2017年4月7日付(2396号)掲載
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