ケヴィン山内の英語まめ知識
日本語と印欧語の関係 その(4) 茶の話
アフリカに生まれた最初のことばがエジプト、メソポタミアを通り、そして船でインドへ入り、そこから全世界へ拡がった話は、以前の号「日本語になった外来語」で詳しく述べました。ですから印欧語 Indo-European Languageという表現も両言語のルーツが同じであることが学界で既に常識になったからそう呼ばれているのです。
アフリカから見れば、ことばは北東へ流れ、そのなかの圧倒的なボリュームが東へ流れていきました。日本へはインドから太平洋へ向かったことばがインドネシアを通り途中で左折して南から、南アジアの海岸沿いに、そして内陸のトルコ、モンゴルを通って中国、韓国から、そしてさらに北東アジアからも流入しました。
東へ向かったその大きな流れに逆らって東から西へ向かった珍しいことばがあります。それは「茶 チャ」です。起源はもちろん中国、お茶を飲む習慣と共にそのcha の発音が世界中へ拡がりました。南方中国語で 「tchaツァー」は外国人には「ター」としか聞こえなかったのですが、これが船でインド洋を通りヨーロッパへ伝わりました。ベネチアからイタリアを経てフランスへ。イタリア語もフランス語も「the テ」から英語の「tea ティー」になりました。ドイツ語で「tee テー」です。船が通ったルートの途中のインドネシアは「tehテー」です。
ところで中国からヨーロッパへ向けて輸出された、日本で言うところの緑茶がマラッカ海峡を通った際、高温多湿のため緑茶が紅茶になってしまった話をご存知ですか? だから茶といっても中国、日本以外では日本で言う紅茶を飲んでいるのだと思って下さい。中国北方発音の「chah チャー」はシルクロードを通り、西方ユーラシア全域へ拡がり、モンゴルで「chai チャーイ」、東トルキスタンのウイグルなどテュルク語を経てペルシャとロシアへも、その発音は「チャーイ」として入り、ロシアからブルガリア語へ、ペルシャ語からトルコ・アラビア語へ、インドにも入りやはり「チャーイ」、トルコ語からギリシャ語に入りました。ギリシャでは「ツァーイ」、アラビア語では「シャーイ」で少しづつその民族の発音癖により変化していますが、オリジナルの「チャー」から大きくは変わっていません。
さてユーラシア大陸最東端の現在の日本からは、方向を問わず世界中へ日本語を輸出していますね。
本紙2011年1月1日付(2170号)掲載
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- 日本語と印欧語の関係 その(4) 茶の話 2011.08.22 月曜日


