ケヴィン山内の英語まめ知識
Michal Jackson と 英語 その2
標題のその1をFJ紙へ送ったあとショッキングなニュースが流れてきた。マイケルの子供の父親は実はマイケルでなく、整形手術の執刀医だと筆者も思っていたので、Oliverなどイギリス映画の名子役(child actor,actress)だったMark Lesterがマイケルの子供の父は私だとマスコミに発表したのでびっくりした。
Markはマイケルの希望に応じて精子(semen,ザーメンはドイツ語)を提供したとの事。マイケルは大人になったマークと知り合ったが、子役時代の美少年のマークを好きで好きで仕方なかったことについては想像に難くない。このマイケルの少年好きで頭に浮かぶのは「少年愛」とか「お稚児好み」ということばである。
乳飲み子が稚子(ちご、page)になったとされているが、日本では6歳位までの子供で教育やしつけなどの目的で寺院に預けられていた男子をそう呼んでいた時代を経て、17~19歳までも稚子と呼ばれるようになった。僧侶の身の回りを世話する役を担っていたが、禁欲の世界では僧侶の男色の相手であったことは誰でも知っていることですね。
蛇足ですが灌頂儀式という儀式を終了した稚子は丸という称号をもらい尊敬されました。牛若丸や森蘭丸が思い浮かびます。森蘭丸は織田信長の小姓ですが、何故彼の名が知られているかについては教科書に載らない歴史の裏話で信長の男色の相手だったからです。
因みに小姓もpageと言います。ホテルなどで人を呼んでもらうこともpage Mr.~と言い、また名前を書いた紙を持ってチリンチリンと鈴を鳴らしてロビーを歩いている従業員もpage boyと言います。ところで五条の橋の上で牛若丸にちょっかいを出した弁慶(幼名 鬼若丸)も稚子上がりでした。その牛若丸は女装して薄化粧していたんですよ。彼等稚子には大人の「阿闍梨 あじゃり」という上職者がいて、男色の関係があったとものの本には書いてあります。「あじゃり」はサンスクリット語のアーチャリャ(acarya)を漢字にしたもので「規範」を意味し、法を教授する師匠のことばである。そういえばオウム真理教教祖、麻原の娘もアーチャリーと呼ばれていましたね。
さてマイケルジャクソンからお稚子の話になりましたが、次回は西洋の少年愛について触れてみましょう。
本紙2009年9月17日付(2128号)掲載
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