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村上泰賢氏の「わが国産業革命のはじまり」62-日本産業革命の地・横須賀造船所―

「べし」の読み違い

 「但し、(フランス政府へ)この約定書を届けたからは、右の60万ドルを(いつでも渡せるよう幕府は)取り揃えておきますし、なお、今後4ヵ年の間毎年納めるべき側として(60万)ドル(支払いに)に支障のないよう致すつもりです」(筆者訳)

 となる。文書の発行者である老中水野と若年寄酒井が「支払いについて滞らないようにします」と念を押し誠意を表明した但し書きである。

 ところが芝原教授は傍線部分「取揃置べく」(前号)を逆に「(フランス政府が)六十万ドルラルを納める」と読んだらしい。ここからは高校時代の古典文法を思い出してほしい。「べし」には意味が6つ〈推量・意志・可能・当然義務・命令・適当勧誘〉もあると教えられたはず。

 「取揃置べく」の「べし」を、芝原氏は「取り揃えて置かなければならない」という当然義務、あるいはもっと強く「取り揃えておきなさい」という幕府への命令に解釈したわけだが、ここは約定書発行者である幕府側の「取り揃えておきます・そのつもり」という意志と解釈するのが自然である。「差支不申様可致事」は差し支え申さざるよう致すべきことで、この「べき」もそのつもりという意志を表し、「納方」が約定書発行主体の幕府であることはもちろんである。

 ところがこの芝原教授著『開国』には肝心の「約定書」原文が載っていないから、たいていの人は「学者がそういうのだから」とそのまま信じてしまい、結果として「横須賀造船所借款説」がはびこるようになったと思われる。

それでたとえば、
「フランスから金を借りて、その代わりに北海道を渡して、横須賀に造船所を作って…」(『封印の近現代史』渡部昇一・谷沢永一著・ビジネス社・2001年)
と、根拠のない北海道担保説を展開して横須賀造船所の価値を矮小化する話に発展させるのも、芝原氏の借款説を基にしているものと思われる。





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