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村上泰賢氏の「わが国産業革命のはじまり」46-日本産業革命の地・横須賀造船所―

「明治150年」は77年+73年

 今年は「明治維新150年」「明治150年」ということで、全国でさまざまな記念行事が実施されている。大別すると、戊辰戦争で犠牲になった人々を追悼する行事と、反対に政府主導の補助金で明治維新の成果を誇示する企画になろう。歴史には継続性があって、明治以後に日本がいきなり近代化できたわけのものではなく、背景に260年間戦争をしなかった江戸時代の平和が蓄積した文化・教育が生み出した国民の民度の高さがあった。そのことに目を向けず、あたかも明治以後突然変異のように日本がいっぺんに近代化したように教え、その反動で江戸時代を旧弊・頑迷な時代とする教育が明治以来行われてきた。だから単純に明治維新を美化する行事には注意が必要だ。

 ◆前半77年は 1868明治元年~1945昭和20年敗戦まで ・明治・大正・昭和と戦争続きの77年で、最後はサツマイモのツルやフスマ入りのヤキモチを食べ、国民は皆飢うえていた。戦後も、小学生の頃お昼時間に弁当がなくて校庭に出ていった生徒が何人もいた。今お隣の軍事優先で国民が飢えている独裁国を笑えない、日本国が滅びかねなかった77年。その元は吉田松陰が『幽囚録』で唱えた「満州からカムチャツカ・オホーツク、朝鮮・沖縄~台湾・フィリピンに版図を広げ日本を守る…」という日本中心の過激な煽動を明治政府以来実行してきたためと言われる。

 ◆後半73年は 1945昭和20年~今日まで ・辛からくも73年間戦争をしなかったおかげで、東日本大震災もその後の水害や震災も復興を唱えて堪えていられる。もしどこかの国と戦争中だったら、軍事費予算が大幅に膨らみ、大震災は不利な情報として報道規制の法律が作られ、ボランティアなどは「余計なことをするな」と立ち入りを規制されたことだろう。

 明治の近代化は、江戸時代の高い民度を基盤として幕末に繰り広げられた近代化の努力があって花が開いていることを横須賀造船所から見ていこう。




本紙2443号(2018年7月27日付)掲載





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