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村上泰賢氏の「わが国産業革命のはじまり」17-民度が高い日本人―

 日本人の文化と教養(つづき)

 ペリーが久里浜や横浜で見た日本人を続けて紹介しておこう。

「艦内のさまざまな装置のすべてに知的な興味を抱き、大砲を観察したときはそれがパクサンズ砲(弾体が炸裂する最新型の砲)であると正しく言い当て、完備した蒸気船のすばらしい技術や構造を初めて眼にした人々から当然期待される驚きの色をいささかも見せなかった。……日本人自身は、実用科学の面で遅れているにしても、彼らの中の最も教育のある人々は、文明国、と言うよりは文化の進んだ国々における科学の進歩について、かなりの情報を得ていることは間違いない。」(『ペリー艦隊日本遠征記 』上巻・オフィス宮崎編訳・万来舎)

 当時の武士が西洋の正確な情報・知識を得ているのみならず、蒸気船の最新の機械技術を冷静に観察し、最新の大砲の型による性能の違いまできちんと理解している。ペリーたちがこれまで経験してきた未開国の人々と異なる反応が、明らかにこの国の民度が高いことを示していた。

 では庶民は黒船来航にどう反応したか。はじめこそ、黒船来航の知らせに恐怖に駆られた人々だったが、戦になりそうもないとわかると黒船を一目見ようと三浦半島の浜辺へ見物人となって押しかけた。幕府は「異国船見物禁止令」を出し、「黒船見物無用」の立て札を立てたが、黒船ブームで浦賀周辺は観光地と化し、次々に駄賃をはずんでこっそり小舟を雇い黒船を遠巻きにして見物した。浜辺で望遠鏡を片手にする見物人、タバコを吹かすもの、ひと稼ぎ目当ての茶店まで出ている絵が残る。新しい情報を得ると自分の目で確かめて理解したいという好奇心は、庶民一般の民度も高いことを示している。

本紙2356号(2016年2月27日付)掲載





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