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村上泰賢氏の「わが国産業革命のはじまり」70-日本産業革命の地・横須賀造船所―

リアリスト小栗忠順(つづき)

 彼がこれまで鋳立てた大砲では五万ポンド砲が一番大きく、それを鋳込むには銅の窯を一窯一万ポンドずつ(計五窯で)湧かして作った、とのことであった。(森田清行「亜行日記」四月七日)

 こうした会話から感じられるのは小栗忠順がリアリストであり、細かな所まで質問し目配りして理解してゆこうとする姿勢である。この姿勢は忠順の若いころに父忠高が自ら鉄砲を鍛えて製作していたことから考えると、父親譲りの性格と思われる。(本紙平成29年7月27日号「尾栓ネジ」参照)

 その性向はもちろん単なる趣味から来るものではない。たとえば若いころ舟遊びに誘われ隅田川に乗り出したが、土手に咲く桜やお酌する綺麗どころに目もくれず「そっちの土手はもっと高くした方がいい」「ここの土手はこうした方が洪水対策になるのでは…」という話ばかり続けて周囲をあきれさせた話が伝えられている。これとても「何が国のため、民のためになるかを常に考えることが真の武士」という彼の信念の発現と考えると、理解できよう。

 ついでに号令官は雑談をしてゆく。日本では古来の大砲を撃つ人と、西洋流の砲を撃つ人といるようですね。そうだ、と答えると、火縄式のやり方でいつまでも火縄をぶら下げていると、たちまちロシアが攻めてきますよ、とぶっそうな冗談を言う。日本の兵士はどんな服装かと聞くから、銃隊訓練には着物でなく筒袖股引(ももひき)姿だと答えると、トルコでも長袖の長上着を着ていたが、昨年行ってみたら兵士はすべて西洋風になっていました、という。

 小栗は、日本では船や大砲も西洋風が追々出来てきつつあると語ると号令官は、どうかさらに近代化されるよう願っています…、と語って帰って行った。
咸臨丸の水夫も濡れたら乾かない木綿の着物で病人が続出し、筒袖、股引姿が活動的と痛感している。草履やワラジは滑ってケガをしやすい。近代化とは生活面も含めすべてにわたって改良してゆくことが必要になる。

本紙2515号(2020年7月27日付)掲載





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